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漫画の世紀/井上雄彦・手塚治虫・赤塚不二夫・石ノ森章太郎・藤子不二雄

●屏風絵になった漫画
2011年は浄土真宗の開祖・親鸞の没後750年であった。真宗各派では各種記念行事がが行われる中、浄土真宗大谷派の総本山・東本願寺に六曲一双の屏風が納められた。墨で描かれた屏風には、親鸞の姿が描かれている。この作者は、井上雄彦。「SLUM DUNK」「バガボンド」の作者として知られた人気漫画家である。現代において、親鸞を身近に感じてもらうための技法として、漫画は最適であったのだろう。また、その後、2018年に新装された京都・大徳寺真珠庵には「釣りバカ日誌」で知られる北見けんいちなど、現代アーチストによる襖絵があるという。

●日本における漫画
日本で描かれた最初の漫画として知られているのは鳥羽僧正による「鳥獣戯画」である。ご存じの方が多いと思うが、擬人化されたウサギやカエル、サルなどが面白おかしく描かれた絵巻である。
以降、面白おかしく描かれた絵という意味では、江戸時代には葛飾北斎の「北斎漫画」などがあったが、言葉を添えて、絵の意味を理解しやすくしたり、意図を伝達しやすい漫画を描いたのが、明治時代の画家・岡本一平である。岡本一平は、芸術家・岡本太郎の父であり、歌人・岡本かの子の夫である。
時代が昭和になると、漫画は様々な形で発展していく。戦前の代表作では、「のらくろ」という犬の軍隊を描いた田川水泡作の漫画が知られている。また「フクちゃん」という東京の下町に住む子供を描いた漫画が新聞紙面(朝日新聞/毎日新聞)で生まれている。

●少年漫画の誕生とと漫画誌の発展
「のらくろ」は「少年倶楽部」という、戦前からあった子供向けの雑誌に掲載されていた漫画であった。しかし、この雑誌は漫画中心の雑誌ではない。基本的には、読み物としての雑誌であった。
1959年、毎週発刊される週刊という形で少年向けの漫画雑誌が創刊される。これは今日まで刊行されている「週刊少年マガジン/講談社」「週刊少年サンデー/小学館」の二誌である。遅れること三年、少女向けとして「少女フレンド/講談社」が創刊されている。1968年には「週刊少年ジャンプ/集英社」、「週刊少年チャンピオン/秋田書店」が創刊され、、いわゆる少年漫画の四大誌として発展していくこととなる。
編集子はこうした少年漫画雑誌の成長期と並行して育った。したがって、漫画誌がとても売れた時代であり、書店の店頭に山積みされた漫画誌は発売日には瞬く間に売れ、子供ばかりでなく、ビジネスマン・サラリーマンもこぞって購入し、持ち歩いた時代を過ごしてきた。今や、スマホで見ることもできる時代であり、書店自体の衰退も目に余る時代となってしまったのは寂しい限りである。

●少年漫画の戦後の黎明期とトキワ荘
東京都豊島区南長崎。池袋という繁華街から少し離れた住宅地にトキワ荘という二階建ての木造アパートあった。マンガ好きの方であれば、誰もが知る聖地であり、解体されたものの豊島区立トキワ荘マンガミュージアムとして再現された漫画界におけるモニュメントとなるアパートがあった。ここは当時の一般的なアパートではあったが、ここを住居または作業場としていた漫画家が数々いる。「鉄腕アトム」「リボンの騎士」「ジャングル大帝」で知られる漫画界における巨塔・手塚治虫、「天才バカボン」「おそ松くん」「ひみつのアッコちゃん」などギャグマンガの赤塚不二夫、「仮面ライダー」「サイボーグ009」など科学SFマンガの石ノ森章太郎、そして「オバケのQ太郎」「ドラえもん」「怪物くん」を描いた二人組・藤子不二雄などが、ここでマンガを描き育っていった。居室四畳半・共同トイレ・共同炊事場の木造アパートであったが1982年に解体されてしまうことになったが、漫画家がすべて退去した後でも、見学者が来訪し、一時は東京の観光バス・はとバスのルートにもなっていたそうである。
手塚、石ノ森、藤子・F・不二雄は60歳代、赤塚は70歳代ですでに亡くなっていたが、今月七日、藤子不二雄のもう一人、藤子不二雄Aが亡くなった。少年漫画の黎明期を作り上げた巨匠たちが徐々に亡くなっていくのは悲しい限りである。
しかし、手塚や赤塚の描いたキャラクターたちはCMなどにその姿を現し、石ノ森の描いた「仮面ライダー」は特撮のシリーズ物としてTVや映画制作が続き、今年で50年になっているという。「ドラえもん」や「おそ松くん」をリメイクした「おそ松さん」など、作者が死してなお、テレビの中で今日まで生き続けているキャラクターが数々ある。昨年九月には漫画家のさいとうたかをが亡くなったが、「ゴルゴ13」はそのまま継続して発表されている。これは現代の漫画においては、個人作家だけのものではく、アシスタント含めたプロダクション制が功を奏しているのであろう。そして、キャラクターは年を取らない。「タラちゃん」や「しんのすけ」は永遠に子供である。