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離れ離れになった歌人・佐竹本三十六歌仙絵巻/益田鈍翁

●抽選日 

「年末ジャンボには早いから、LOTOかな」 

12月20日が抽選日である。 

「えっ、PS5? Xbox? どこで買えるの?」 

「年末だから、紅白歌合戦の観覧ですか?」 

いいえ、どれも違うのである。 

その抽選は大正九年の12月20日、品川にあった茶人・益田鈍翁の私邸・応挙館で行われた。この日、集まったのは古美術商、会社役員など財界人・実業家の大物たち36名である。何を抽選するかというと、平安歌人の描かれた絵巻の断片をそれぞれ誰が購入するか、を決めるために行われた。この抽選にかけられた絵巻は「佐竹本・三十六歌仙絵巻」と呼ばれた非常に貴重、かつ価値のあるものの36断片であった。 

●佐竹本・三十六歌仙絵巻とは 

「三十六歌仙」とは、もともとは平安時代の公家・歌人である藤原公任が優れた36名の歌人を私撰集「三十六人撰」としてまとめたものに端を発するが、この36名の歌人を描いたものは佐竹本以外にも存在する。 

では、佐竹本・三十六歌仙絵巻とはどのようなものか。まず「佐竹」とは、久保田藩/秋田藩の藩主の名前で、明治維新後は侯爵となった佐竹氏のことである。その佐竹氏が代々所蔵してきたのがこの絵巻であり、肖像画・代表的な和歌・概略が36名の歌人について紹介されている。絵巻には18名ずつ上下巻に分けて貼られており、下巻には住吉大社の図が加えられている。描かれたのは鎌倉時代とされ、複数名の描き手による合作という説がある。同時代の絵巻としては「上畳本三十六歌仙絵巻」と呼ばれるものがあるが、佐竹本が最古のものとみられている。佐竹氏のもとに収められた時代については定かではない。 

●三十六歌仙の別れ 

明治維新後、没落していく元大名は数多い。佐竹氏のその例に漏れない。佐竹氏においても大がかりな財産処分が1917年に行われた。当時、東京の両国にあった東京美術倶楽部で佐竹家の所蔵品300点の競売が行われた。この中に佐竹本・三十六歌仙絵巻も含まれたが、非常に高価なものとなり、東京と関西の古美術業者9店の連名でようやく35万3千円で落札したという。これは現在の価値で35億にもなると推定されている。しかし、これを同じ年に山本唯三郎という人物が一人でこの絵巻を買い受けた。山本は第一次世界大戦中、海運業を中心に財を集めたいわゆる「成金」であり、当時豪遊で名を馳せた人物である。山本の手に渡った後、第一次世界大戦後の世界恐慌に日本も飲み込まれる。そして山本の事業も傾き、せっかく手にした絵巻ではあるが二年後には売却先を探した。その売却の相談を受けた古美術商でも、不況にあっては買主を見つけられず、茶人・益田鈍翁に相談に行くことになった。もちろん益田個人で買い取れる額のものではなく、苦渋の決断として各歌人と住吉大社を含め37点に絵巻を分けて売却となった。そして、現所有者の山本の手元に残る一枚を除いた36点の売却が大正九年12月20日、抽選により行われたのである。 

●流転する三十六歌仙 

ところで36名の歌人の内訳は女性5名、男性31名である。女性歌人には高く、男性僧侶には低い売却金額が設定されており、その抽選に参加する者が入手できる絵巻は、引き当てた番号と先に歌人と住吉大社に振られた番号のマッチングで決まるという仕組である。最も高価な歌人の絵巻は斎宮女御の四万円で現在の四億円相当になる。 

この抽選でハプニングが起こった。この絵巻分割を発案した益田鈍翁は抽選の結果、僧侶の絵巻が当たってしまった。その結果、不機嫌をあらわにした益田に対し、斎宮女御を得た古美術商が益田に対し、購入する権利の交換を申し出て場を取り直したという。 

こうして三十六歌仙絵巻は散り散りとなり、新しい主の元に収まっていった。すでに分割されて100年を過ぎている。この間、それぞれの所有者が変わり、一部は美術館に収まっているものの、個人の所有となっているものも多い。Panasonicの創業者・松下幸之助も一部を所有していたという記録がある。 

2019年、京都国立博物館にて「流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」という展覧会が開催された。この展覧会のために借り受けて揃えられたのは37点のうち31点であった。個人蔵のものについては、今後も人の手を渡り続ける可能性はある。再び37点が一堂に会する日は来るのであろうか。 

 

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