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見いだされし美人画・鏑木清方/築地明石町・新富町・浜町河岸・妖魚・刺青

●45年ぶりの発見
国立美術館は独立行政法人となって、自由度が増した一方、予算管理は安易なものではなくなってきた。そのため、思い切った美術品の購入は気を遣うことである。
二月のある日、僕は細川部長に呼び出された。「君、14時からのミィーティングに参加してくれたまえ」。なにか厄介なことでなければ、いいのだかと気をもみつつ定刻の少し前にC会議室に入った。「君、書記をやってくれたまえ」。細川部長が僕を会議に呼ぶときは、いつもこんな用件だ。
会議には東京近美館長の古田氏、同じく美術課長の小田氏、当本部から前田事務局長と高山財務課長が参加した。冒頭に資料を配りながら、「出たんだよ、これが」と古田館長が声高に話始めた。
表紙には「鏑木清方 三部作の購入について」とある。 表紙を開くと、三本の掛軸の写真があった。左から「浜町河岸」「築地明石町」「新富町」とある。 続けて古田館長は「気になっていた『築地明石町』。ついに見つかった。京橋のN画廊からの紹介だが、持ち主が売却をしたいとの話だ。 併せて、『浜町河岸』『新富町』もあって、計三本の持ち込みらしい。」と興奮を抑えられないような口調で資料の説明を話し始めた。
前田事務局長が尋ねる。「本物ですかね?」。「もちろん実物を見ての話だが、行方不明となる前に実物を見た当館ОBの牧村さんに必要な時は立ち会ってもらう」と古田館長は段取りよく答えた。高山財務部長か恐る恐る古田館長に尋ねた。「総額でいくらぐらいになりますか」。「具体的な金額交渉はまだ先だが、画廊の手数料も含まれてくるはずだから、総額で三億円はゆうに越えると思う」。 古田館長のこの言葉が響きわたると、会議室は重い空気に包まれた。

 

●築地明石町
「見覚えがある・・・」。『築地明石町』の写真を見てそう思った。最近ではない、子供の頃か。亡くなった父は切手収集が趣味だったという。父の子供の頃には、こうした切手の蒐集がブームだったらしい。確かにきれいな絵が描かれた切手は多い。切手のシリーズに「趣味週間」というものがあり、この切手には、古今の日本人画家が描かれた絵画が印刷されているシリーズであった。僕が大学で美術史を専攻したのも、こうした絵画の切手を父親から見せられていたことが影響しているかもしれない。「この中にあるかも」と直感的に思い、会議か終わると母親に電話をして、切手アルバムを探してしておくよう依頼した。
その晩、父の遺した切手アルバムを開く。趣味週間のシリーズには、確かに絵画の名作が描かれている。黒田清輝「湖畔」、上村松園「序の舞」、岸田劉生「住吉詣」、岡田三郎助「婦人像」、小林古径「髪」。そうそう、古径の「髪」は女性の半裸像でドキドキした記憶がある。そして、やはりあった清方の「築地明石町」。1975年とある。そして、1978年の展示を最後に行方が分からなかった絵だ。たしかに、切手にまで使用された絵画が行方不明とはいささか奇異ではあるが、博物館・美術館の収蔵とならず、名も知れぬコレクターの元で眠っていたということだ。
築地明石町とは一つの地名ではない。隣接しているが別の地名である。築地は東京都の市場があった場所として有名である。明石町は故日野原院長で知られた聖路加病院がある。元々は埋め立て地で寺院が多い寺町だったという。しかし関東大震災後の都市計画で寺院が移転し、住宅地となっていった土地だという。ふーん、描かれている女性は当時の新興住宅地に住む品のいい婦人がモデルか。

 

●三部作収蔵へ
この三部作の買取は難航していった。取次いだ画廊によるとオークションへの出品も所有者の頭にはあるという。日本美術にとって、このオークションへの出品は海外流出という致命傷になりかねない。現時点で重要美術品などの指定がない限り、海外へ持ち出される可能性はある。青天井の購入予算ではないが、古田館長と画廊・所有者との折衝が続いた。そして、ついに東京近美での購入が決まった。最終買い取り額は三本合わせて五億四千万円。そして、2019年六月にプレスリリースが出され、東京近美の所蔵が正式に公表された。
一般公開を前に、僕も三部作を内覧させてもらった。切手では、無地にしか見えなかった左上の画面にはうっすらと船が描いてある。足元を見ると、素足にピンクの爪が描いてある。なるほど、切手に採用されるだけの品位ある美人画だと思った。東京近美には清方の代表作の一つとして知られる、「三遊亭圓朝像」があるが、美人画ではない。僕として、美人画の代表はここ東京近美にはなく、福富太郎コレクションの所蔵する「妖魚」という作品の印象が強かった。同コレクションの「刺青」と併せて、これらは市場に出れば奪い合いになる名品だと思う。
2022年3月、東京近美では清方の没後50年展が開催されている。
(本文に登場する組織・人物は実在の人物ではありません)

 

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