沖縄・佐喜眞美術館 『原爆の図』・『沖縄戦の図』を描いた丸木位里・俊夫妻/反戦・平和/もの想う空間
●佐喜眞美術館を訪ねて
沖縄・宜野湾市に佐喜眞美術館はある。
1994年、佐喜真道夫館長が、米軍「普天間基地」にとられていた先祖代々の土地を取り戻して建設された美術館である。
10年前に神戸在住の「奇跡の画家 石井一男展」が開催された際、訪ねたことがある。
その折、話しの流れでタクシーの運転手さんに基地について沖縄の方たちはどう思っているのか尋ねてみたら、なくなってほしい人、なくなったら困る人、半々だと答えてくれた。
そして美術館では、館長の反戦への強い想いに打たれ、忘れがたいものが残っていた。
ロシアのウクライナ侵攻が止まらない今日、沖縄へ出向いた機会に再訪した。
沖縄は、ブーゲンビリアなどのおなじみ花や、カエンボクという街路樹にオレンジ色の大きな花などが色とりどり、半袖でもよいような気候だ。
館内ではちょうど高校生たちが教師に引率され訪れていて、丸木位里・俊夫妻が描いた巨大な8.5m×4m沖縄戦の絵の前で、佐喜眞館長の話しが始まるところだった。
ご一緒にどうぞと受付の方にいざなわれ、拝聴。
佐喜眞館長は、先祖の土地が米軍基地となりその地代で上野誠、ケーテ・コルヴィッツ、ジョルジュ・ルオー等のコレクションをされていたが、1983年の丸木位里、丸木俊さんとの出会いが運命的な出来事となったという。
丸木 位里(まるき いり、1901年 – 1995年)氏は、日本画家であり妻・丸木俊と共作の『原爆の図』が著名である。
1945年8月広島に原爆が投下されると、広島市近郊に移住していた実家の安否を気遣った位里氏は、疎開先を離れ俊とともに被爆直後の広島に赴き救援活動に従事した。
この体験をもとに1950年、俊と協働で『原爆の図』を発表、以後原爆をテーマとする絵画を描き続け、1995年には俊とともにノーベル平和賞候補に推薦されたこともある。
そのご夫妻が「沖縄戦の図」を沖縄におきたいと願っておられたのを受け、館長は先祖の墓を返還せよと交渉し、米軍基地内に反戦の画を掲げる美術館を建てられたのである。
●『沖縄戦の図』を描いた丸木位里・俊夫妻
丸木夫妻は数年かけ、沖縄戦に関する本を160冊以上読み、学者や沖縄戦を専門にする人々にレクチャーを受けた。生き残った多くの人々と、それぞれの現場に足を運びそこで体験談を聞き、多くの風景画を描いた。
そして1983年に 連作「おきなわの図」、翌年に巨大な「沖縄戦の図」を描かれたという。
「日本人の多くは体験した「空襲」を戦争と思ってしまっている。世界で起こっている戦争は地上戦なんだ。空襲と地上戦は全く違う。日本人は戦争に対する考え方は甘い、こういう国はまた戦争をするかもしれない。」と述べておられたそうだ。
ウクライナの映像が重なる。
座間味島、渡嘉敷島での集団自決、激戦地の本島南部、久米島での住民虐殺などが画面いっぱいに水墨で描かれ、見る者を圧倒する。
この”集団自決”という言葉は違うのではないか、”強制的集団死”と呼ばれるべきではないかと佐喜眞館長は話されていた。
そうなのだろうと思う。生き残ることがこわかったとの証言もあるが、そう思はしめたのは日本軍だ。画の前に立つと胸がいっぱいになり、観るのも辛くなる。
よく見るとほとんどの住民には瞳が描かれていない。それはなぜか。と館長が問いかける。
戦争の強い恐怖、自己消失の脅威などの体験を「戦争トラウマ」と呼び、軍に従事したものの精神をも侵す。しかし、沖縄戦のように死の極限まで追いつめられた人間は、恐怖や怒りや痛みを感じるだけでなく、精神を保つために感情をマヒさせていく。
目の前で行われていること、自分が行っていることが現実の様に思えなかっただろう。多くの証言の中に、位里は真実をみることを回避した空白の瞳を見たのではないだろうか。
「沖縄戦の図」の中央には、瞳を持つ三人の子どもが描かれている。
丸木夫妻は、何ものにもとらわれず、真実を見通す子どもたちの瞳に未来への希望を託したのではと、館長は語られた。
戦争をしない歴史を歩んでいってほしい、という丸木夫妻の願いが込められている画の前で、人間の愚かさを思う。今現実に戦争に巻き込まれている人々に一刻も早く平和が訪れるよう、祈ることしか出来ない。
●もの想う空間
屋上にあがると、普天間基地の緑と飛行場がみわたせた。
建物は、沖縄の建築家・真喜志好一による。館長のご先祖の270年前の亀甲墓と統一感をもたせるような独特なコンクリート打ち放しである。
屋上の階段は6月23日(慰霊の日)にあわせ、6段と23段に、またその日の日没線は、最上段の丸い窓から太陽の光が差し込む構造になっている。
無力感にいくどとなく襲われながらも、人間を信じて描き続けた丸木夫妻。
その願い、想いを受け止め、想像力を喚起して見続けることが、戦争をくいとめる大きな力になっていくと信じておられる佐喜眞館長。
沖縄返還50周年、多くの方が訪れ、触れていただければと願う。
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