一所不住 日本画家・堀文子 群れない 慣れない 頼らない /幻の花・ブルーポピー
●一所不住の画家
堀文子という画家をご存じでしょうか。
日本画の他、装幀、随筆でも多くの作品を発表しNHKのテレビ番組などにもたびたび出演されていたので、美術ファンならずとも名前を聞いたことがあるかもしれません。
2019年に「生誕100年 堀 文子 ― 旅人の記憶 ―」という巡回展開催中に、はからずもご逝去になり、ぜひ観なくてはとT百貨店会場に出向いたことを思い出します。
会場での約100点に及ぶ展示作品は、どれひとつとして同じようなものがありませんでした。
堀さんは「一所不住」を旨とし、同じ場所で、同じテーマを描き続けることをよしとしなかったから。「花の画家」ともいわれていらしたけれど、その軌跡をたどっていくと「旅人の記憶」題された意味がわかりました。
個人的には絵本挿絵の仕事の展示で驚きがありました。
私が幼いころ買ってもらったレコード付き音楽絵本『くるみ割り人形』。綺麗だけれど、なんだか哀しい感じもして飽きず眺めた絵本、堀文子作だったとは知りませんでした。
ちなみにこの絵本は、イタリア・ボローニャの第9回国際絵本原画展でグラフィック賞を受賞しています。
●”群れない””慣れない””頼らない”
堀さんが繰り返された言葉”群れない””慣れない””頼らない”を信条とした100年の歩み、創作の軌跡である展覧会での100点。それは素晴らしいものでした。
生き方そのものと思える画はやはり実物をご覧いただかないと、と思うのですがここでは私の心に残る言葉やエピソードを紹介したいと思います。
「今、齢を重ねて、私はとっても自由です。もう団体には所属していませんし、師匠も弟子もおりません。ミジンコを描こうと何を描こうと、私ひとりで好き勝手にやっておりますよ(笑)。群れていては、絵というものは描けません。
人間はひとり——私のこの基本的な精神は、5歳のときに形成されたんです。大正12年の関東大震災のときでした。周りが一瞬のうちに焼け野原になるのを目の当たりにし、親といえども頼れない、いっさい何者にも頼れないんだと、そんな気持ちが全身を貫いてしまったんです。
世の末を見たといえばいいでしょうか。それ以来、心の底に虚無感が潜むようになりました」
42歳でご主人を亡くし3年間ほど、エジプトをはじめヨーロッパ、アメリカ、メキシコと放浪の旅に出られました。西洋自体を、西洋の暮らし、人、芸術を我が身で知りたかったのだそうです。
「3年の放浪で強烈に感じたのは、ものを作る者は都市に住んではいけないということ。暮らしから、絵は生まれるの。ですから、私は自然のなかで暮らさなければと、固く決心をして帰ってきました。」と、山や海に近い大磯に住まいを求められました。
しかし一ヶ所にとどまっていては感性が鈍ると61歳のとき軽井沢にもアトリエを持ち、行き来する生活を始めるのです。そして69歳から5年イタリアにも移住したり。
「旅に出るのも、かつて見たこともないような状況に我が身を置くことができるから。
新鮮な刺激で自分の中の、まだ開発されていないものが芽を出すかもしれない。そんなふうに思っての旅立ちなんです。
私のなかには、まだ芽を出していない種があるかもしれない。これは、年齢でははかれないものですね。ですから、旅はいつもひとり。“行ってから驚く”体験主義者なので、事前にあれこれ調べることもしないし、ガイドブックも持ちません。」
●幻の花・ブルーポピー
81歳でブルーポピー(青い芥子)を求めて、周囲の反対を押し切りヒマラヤ行きを決行。
「ヒマラヤの中腹までヘリコプターで入り、あとは自分の足を頼りに探し歩くしか手立てはありません。岩場で足を踏み外しそうになったり、ボンベで酸素吸入をしたり……。
息が苦しくてふらふらになり、もうこれ以上登れないと観念したそのとき、ブルーポピーが突如、現れたんですよ。標高約4500mの岩陰に、草丈20cmほどの可憐な花が静かに揺れていて、それはそれは感動しました」
堀文子の代名詞ともいえる凛として咲く「幻の花 ブルーポピー」。
その絵をみつめていると、とても愛おしい、そんな思いが伝わってくるようでした。
絵は評判を呼びリクエストが相次いだそうですが、「あれは、命がけのものです」と2枚めの絵筆をとらなかったとのことです。
私は後日、神戸・六甲高山植物園でブルーポピーが咲いていると聞きつけ、見に行きました。
日本で栽培されているからでしょうか、とても儚げなたたずまいでした。
最晩年、堀さんは“死”すらも「初体験だから楽しみです」と口にされていたといいます。
命ある限り感性を磨き、行動する。人生の達人とも評された堀文子さんのご命日は、春に向かうまだ寒き頃2月5日です。
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