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絵で戦争を語る帰還兵の画家・香月泰男/シベリアシリーズ・練馬区立美術館

●香月泰男生誕110年
昨年より洋画家・香月泰男の生誕110年の記念展が全国を巡回している。宮城・神奈川・新潟と会期を終え、現在は東京・練馬区美術館で27日まで開催中である。香月は洋画家で、第二次世界大戦では中国大陸の当時日本が領土としていた満州国に兵士として動員されている。その戦争体験が「シベリアシリーズ」という57点の絵画として製作されており、今回の巡回展ではこのすべてが公開されている。
香月の死から、48年となる今年、ウクライナで戦火がおっている。第二次世界大戦後も、規模の小さい戦争を繰り返してきた人類であるが、再び不毛な争いが始まってしまった。香月が何を思い、この「シベリアシリーズ」を描いたか、香月の生涯と併せて振り返る。

●香月泰男の生涯
香月は1911年、山口県内、旧三隅町(現在の長門市)で生まれている。長門市の中心部からわずかに萩市よりにある山間の町である。香月の父は開業医であったが、幼いころに両親が離婚し、祖父によって育てられたという。東京美術学校(現・東京藝術大学)卒業後、高校の教員を務めながら油彩画を描く。太平洋戦争で中国へ派兵され、現地で終戦を迎えた後、旧ソ連のシベリアで強制労働させられる。その後二年の抑留生活を経て、1947年に復員。再び、教師を続けながら創作に取り組んだ。1960年に教員生活にピリオドを打ち、創作に専念した。そして、「シベリアシーズ」と後に呼ばれる抑留生活を描いた連作に取組んだ。しかし1974年、自宅で心筋梗塞により急逝している。

●香月泰男の描いたもの
香月絵画の中核をなす作品は「シベリアシーズ」に違いない。しかしながら、戦争をはさむ前後で教員生活を続けながら創作を続けたり、中国の戦地で麻の布に絵を描いたりしている。また、戦後の個展で出品する小型の作品では、台所にある静物を描いており、生活の隙間で絵を描くことを楽しんでいたようにも感じる。
抑留生活の中で、絵を描くことなどできなかったはずだが、いつか日本に戻った時にこの体験を絵として描きまとめる、という大きな思いを持っていたかもしれない。終戦時、ソ連に抑留された日本の兵士は57万人を越え、帰国できずに現地で死を迎えた兵士はその一割を越えると推定される。極寒のソ連において、香月にとって、絵を描く希望は、生き延びる糧となったのであろう。
また、香月は抑留中に亡くなった戦友の姿を遺族に贈ろうと絵描くことがあったという。残念ながらこうして描かれた絵はソ連兵によって没収となり、香月の思いは果たせなかった。生きながらえて日本に戻った香月は抑留生活で体験し、見たものを描きたいという欲求は持ち続けていただろう。この記憶を表現するには、「色」が大事な要素になる。そこで、香月は表現にふさわしい「色」を出すために、絵具の工夫が行われる。その材料は木炭・方解石・黄土であったという。「シベリアシーズ」の前から、この「色」への試行が進み、「シベリアシーズ」の表現にマッチした「色」として完成している。

●反戦への思い
「1945」という香月の絵がある。終戦直後、捕虜として連行される車中から見た横たわる日本人の死体を描いたものだという。恐らく満州を管理していた日本兵が現地人によって私刑を受けたもので、皮膚が剝ぎ取られた「赤い屍体」だったという。その後、香月が日本に戻って原爆による死者を「黒い屍体」を見て、後にこの二つの死体を対比させて、以下のように記している。
「黒い屍体によって、日本人は戦争の被害者意識を持つことができた。みんなが口をそろえて、ノーモア・ヒロシマを叫んだ。まるで原爆以外の戦争はなかったみたいだ、と私は思った。
赤い屍体は、加害者の死としての1945年だった。彼自身戦争の被害者だったといえるような男かもしれない。しかし、それでもやはり私の眼には、それは加害者のあがなわされた死として映った。
戦争の本質への深い洞察も、真の反戦運動も、黒い屍体からではなく、赤い屍体から生まれ出なければならない。戦争の悲劇は、無辜の被害者の受難によりも、加害者にならなければならなかった者により大きいものがある。もし私があの屍体をかかえて、日本人の一人一人にそれを突きつけて歩くことができたなら、そして、一人としてそれに無関係ではないのだということを問いつめていくことができたなら、もう戦争なんて馬鹿げたことの起こりようもあるまいと思う。」

  

2016年12月15日、山口県長門市で日露首脳会談が開催された。当時の総理大臣、安倍晋三が祖父の生地で、墓所がある長門市をプーチンとの会談の地として選んだのである。これに呼応して香月の孫である齋木泰彦は日露友好を祈念して「友情の旗」を作り、駅舎に掲げたという。残念ながら、今やこの会談の成果として、北方領土問題の解決、そして恒久的な平和維持に資する友好関係はその影も見えない。
香月の反戦への願いは満たされていないのである。