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知られざる日本画家、ここに蘇る

”渡辺省亭(せいてい)”今年春、東京藝術大学大学美術館ではじめての展覧会が開催され話題となった。「没後は回顧展もなく知る人ぞ知る存在でしたが、再評価の気運が高まる今、海外や個人の所蔵を中心とした名品約100点が一堂に会します。柔らかな質感に富む花や鳥、湿潤な大気、粋で艶やかな江戸美人など、省亭の描く彩り豊かな絵画世界を是非ご覧ください。」と案内にある。 

美術好きの私もこれまで知らなかった画家であり、NHK「日曜美術館」の特集をみてぜひ観たい!関西より西の巡回はないし終盤ギリギリで、愛知県岡崎までどしゃ降りの中高速を飛ばした。 

はじめての岡崎市美術博物館。駐車場からは斜面に作られた幾重にも折り返すスロープをつたい、全面ガラスのスケルトンが目をひく正面玄関から入館。小雨となりエントランスホールは明るくコロナ禍とはいえ人出はそこそこある、いざ。 

省亭は幕末の江戸浅草に生まれ、16歳より歴史画家・菊池容斎(ようさい)の内弟子となった。奉公先で絵ばかり描きその才能を認められ柴田是真の門を叩いたところ、画をみて是真が容斎を紹介したそうである。ところが、入門してから3年間は絵筆を握らせてもらえず、「書画一同也」という容斎の主義で、ひたすら習字をさせられた。楷書は王羲之、かなは藤原俊成を元にしたものであったという。 

書の掛軸があったが、切れ味がありなんともいえぬ味のある字はそんな基礎があったからかと納得。 

容斎は「自然を手本とせよ、決して人に頼るな」と繰り返し諭した。省亭も忠実に、先達の優れた作品などに学びつつも、徹底した写生を繰り返し自習自得で画技を磨いていったとされる。 

この修行時代によって筆捌や、画に対する考え方も培われたといえるのだろう。 

やがて、輸出工芸品の下絵を手掛け、明治11年(1878年)パリ万博開催にあわせ28歳で日本画家として初めて渡仏する。 

パリではエドガー・ドガやデ・ニッティスなど印象派に連なる画家と交流。 

ドガの眼前で描かれその筆さばきでもって驚嘆させた《鳥図(枝にとまる鳥)》は西洋風な陰影や色使いで描かれた鳥と余白がとても素敵。 

この画はドガに贈呈され、終生ドガは手元に置いていたそうだ。 

《郡鳩浴水盤ノ図》をエドゥアール・マネの弟子のイタリア人画家ジュゼッペ・デ・ニッティスが描法の研究のため購入し、現在はフリーア美術館が所蔵している。他にも大英博物館やヴィクトリア&アルバート博物館、メトロポリタン美術館といった西洋の名だたる美術館に収蔵される。 

そんな2~3年滞在したというパリで描かれた数々の画が並び、感慨深く拝見した。 

帰国後は、迎賓館赤坂離宮の「花鳥の間」に飾られた七宝額の原画を手掛け、無線七宝の達人・涛川惣助(なみかわそうすけ)により七宝額が制作された。 

会場には原画や涛川惣助の七宝作品も展示されている。 

省亭の繊細な筆使いと暈しは無線七宝ならではの忠実な再現であるのだが、涛川の超絶技巧といえる七宝作品には目を見張るばかり。見事! 

その実力こそ認められつつも、明治30年代以降は徐々に中央画壇から距離を置き、注文制作のみの制作活動を続けた。 

自らの画風を貫き、68歳で世を去った。 

当時の主流派から距離を置き、キャリアの途中でアカデミックな画壇からも遠ざかったことが、省亭の存在を長らく埋もれたまま放置される原因となってしまったのではないか、と言われる。 

展覧会では伊藤若冲「動植綵絵」シリーズの一作「雪中鴛鴦図」と大変似ている作品があった。 

若冲もまたブレイクしたのはつい最近平成に入ってからで歴史の中に埋もれてしまった画家の一人だった。省亭が現役で描いていた明治時代にも、すでに忘れ去られかけていたということだが、若冲の素晴らしさを見抜き手本として学んだ眼力も凄い。 

省亭は歯に衣着せぬ物言いで、大正2年(1913年)文展に出品された竹内栖鳳、横山大観、川合玉堂らの作品を、技法・技術面から画家の不勉強と指摘している。 

江戸っ子を感じずにはいられない。 

今回の「渡辺省亭展」が正式に決まり、展覧会を担当する東京藝術大学・古田亮教授が調査を開始してみると、省亭作品が次から次へと発見されていったのだそう。展覧会のために新たに調査した作品は、500点以上という。 

岡崎の会場では「日曜美術館」の放映がきっかけで、絶筆となった作品が新たに発見され会期途中から展示され、私も観ることが出来た。 

白い蝶が未完成のままだが、レンゲや春の草花が描かれ透明感ある穏やかな作品だった。 

余談だが、以前画家や陶芸家は亡くなる前に、何故か蝶の画を描くんだと聞いたことがありふとそれを思い出した。 

日本的情緒と西洋的な写実が融合した画は見応えあり、繊細な線や洒脱さに魅了された。どこかにまだ、しられざる名品がひっそりと隠れているかもしれない。あったらいいなと思いつつ、新鮮な出会いに充実感いっぱいで、会場を後にした。 

※現在は巡回展の最後、静岡・佐野美術館にて開催中。 

 2021年7月17日(土)〜8月29日(日)