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FUKUSENSE/秋野不矩美術館 秋野不矩

●2021年10月1日 インド・サンチニケタンから ZOOMにて 

ナマステ! 

こんにちは、はじめまして。 

私はタゴール国際大学の講師でアリシャ・シンといいます。美術史を教えています。そうですか、今年でFUKUSENSEがお亡くなりになって20年なのですね。取材のお役に立てるかどうかわかりませんが、少しだけお話しできることがありますので、お伝えしておきますね。 

FUKUSENSEが初めてインドに来られたのが60年前。父は20歳のときにこのタゴール国際大学に在学していました。当時の名称はビスバ・バーラティ大学でしたが、ここでFUKUSENSEから日本画を教えていただきました。 

父たち学生から「マアマア」と呼ばれていたようです。当時のお歳やお姿から、「おかあさん」という意味で、そう呼ばれていたのですね。また日本から来たにもかかわらずインドのサリーを着て、大学に出勤されていたようです。でも、着なれないものを着るのに時間がかかるからと、よく遅刻の言い訳をしていたようです。おかしいですね。 

そのころのFUKUSENSEはこちらの言葉を理解したり、話すことは全くできなかったのですが、見よう見まねで丁寧に教えていただいたと父が言っていました。しかし、一年余りで帰国されてしまい、その後父や他の学生たちとはしばらく音信不通だったようです。 

それから、10年経ったくらいでしょうか、しばらくぶりに父を訪ねていただいたようです。長くお勤めしていた日本の大学をお辞めになって、しばらくインドに滞在する予定だったようです。 

最初にインドにきて帰国してからは、インドの風景、人物の絵をたくさんお書きになっていたことを父はその時、初めて知りました。たった一年ですが、インドをとても気に入っていただいたと、父はとても喜んだようです。 

その後、FUKUSENSEはお亡くなりになるまでに、のべ14回もインドに来ていただいたそうですね。その間、私が生まれ、父も数日間だけですが旅のお供をさせていただいたと聞いています。 

●秋野不矩の描いたインド 

これがFUKUSENSEから父がいただいた絵ハガキです。父が亡くなるまで大切にしていたものです。最初にインドにいらしたときの風景を描いた「ガンガー」というタイトルだそうです。太陽を写すガンジス川を描いていますね。遠くの空には黒い雨雲があります。空と川面を写した広大な絵です。右下に黒く見えるのは川面から頭を出したイルカだそうです。実物の絵をみてみたいですね。 

そうですか、「ガンガー」というタイトルの絵はお亡くなりになる前年にも書かれていたのですね。やはり印象深い景色だったのでしょう。「渡河」という絵は画集で見たことがあります。こちらは水牛が川を渡るところですね。金箔の上から書いているとのことで、日の光を写す金色が鮮やかです。一方、最初の「ガンガー」で描かれた「雨雲」も印象深かったのでしょう。魚のような雲をメインに描いた作品もみた記憶があります。いずれにしても、FUKUSENSEにとってはインドの自然が織りなす景色を幾度となく思い出され、何度も描きたくなったのでしょう。 

●浜松市立秋野不矩美術館 

私がFUKUSENSEにお会いしたのは1993年。ここサンチニケタンを訪ねていただきました。父はすでに亡くなっていましたが、父と同じ大学を卒業した私をとても喜んでいただきました。そのときのFUKUSENSEのお歳は85歳。驚くほどエネルギッシュな方でした。インドに行くときは「もし私がのたれ死んでもさがしに来ないでね。本望なんだから」と言っていたらしいです。 

もう、FUKUSENSEとはお会いできませんが、お生まれになった故郷に美 

術館ができていますね。写真で見ると、日本の近代的なイメージとは違いますが、素敵な建物ですね。私は建築のことはよくわかりませんが、インドの建物に似た雰囲気を感じることができます。いつの日かお訪ねしたいです。もうすこしで私もFUKUSENSEがインドにいらした時の年齢になります。その年齢で未知の新しい世界へ飛び込むエネルギーと勇気はどこから生まれるのかと思います。 

では、いつかお会いできるまで。 

ナマステ!