• 店舗ブログ

「徳不孤」の教え/ 老人の日・敬老の日/今良寛・ 清水公照師/洛北・美山荘

●老人の日・敬老の日 

ニュースが今日は「老人の日」、国内男性最高年齢は111歳と伝えている。あら?9月15日は「敬老の日」だったけど、移動して9月第3月曜になったはず。老人の日って? 

調べてみると、9月15日が老人の日になった理由は、日付を変更することに反対の声があがったからで、新たに老人福祉法によって定められたと。 

敬老の日がお祝いであるのに対して、老人の日は啓発を呼びかけているそう。 

「老人福祉への理解や関心を高めること」と「社会を生きる人々が協力して助け合い、老人が自ら生活の向上を努めること」を目的とする。 

ふむふむ、めでたいばかりではない、若い人に迷惑をかけないようにしっかり生きろということね。それにしても老人の日とはセンスがない。もっといいネーミングない? 

●今良寛・清水公照師 

さて、ここに「徳不孤」との書がある。 

原典は徳不孤 必有隣(論語)。 徳は孤ならず 必ず隣有り。 

徳のある人はけっして孤立しない。必ず理解し協力する人が出てくるものである。 

揮毫されたのは、東大寺元清水公照師である。 

清水公照師は東大寺別当、華厳宗管長として非常に有名であられた。また独特の味わいのある書画はもとより、陶芸でも知られ「泥仏(どろぼとけ)」と称するユニークな小さな仏像の制作もされた。 

師は明治44年に姫路・書写山麓の村で生まれ、16歳で東大寺塔頭宝厳院の清水公俊の下に入寺。これ以後、清水公照と名乗られた。 

龍谷大学で華厳宗を学んだ後、天龍寺の関精拙に師事し禅を学び途中、何度もの兵役を挟みながらも、ようやく昭和38年、52歳で東大寺幼稚園の園長に就任。 

その際園児の作る紙粘土細工にヒントを得て「泥仏」の創作を思い立ったそうである。 

清水公照師と懇意にされていた方が師の作品のコレクションをされており、その一切を弊社で買い取りをさせていただいたことがある。いくつか泥仏もあった。備前、常滑、志野釉などで造られおり、それぞれにお顔や姿が様々で、表情豊かななんともいえない魅力的な仏様なのだ。 

また、園児が描く大仏さんの奇想天外な絵に触発されて墨画を描くようになったといい、自由闊達な書画は今も人気が高い。 

昭和50年には華厳宗管長、東大寺第207世別当に就任。大仏殿昭和の大修理の起工が前年に始まった大変な時期で、修理には莫大な費用がかかるため、その浄財集めに全国を行脚する日々となる。その東奔西走の多忙な中でも、各地の窯元に赴いて土をひねり絵付けをする游戯三昧の心は忘れなかったという。 

問題に遊び、忙しさも遊びに変えてしまうところは、師ならでは生き方といえ、「今良寛」といわれる由縁である。 

東大寺別当を2期務め、昭和55年10月に大仏殿昭和の大修理を成し遂げられた。 

そのような日々を送られた師の「徳不孤」は重く、説得力がある。しかし師の書画作品は説教臭さが全くないのである。自由闊達のびのびと、時に笑いを誘うような趣なのだ。 

ちなみに師は平成11年、88歳で遷化された。 

ご自身の作品と収集品の多くが郷里の姫路市へ寄贈され、郷里近くに姫路市書写の里・美術工芸館が開館。常設で作品が観られる。 

●洛北・美山荘 

京都の北・花脊に「美山荘」がある。摘草料理でもてなす昔から文化人や財界人にもファンが多い知る人ぞ知る料理旅館であったが、婦人雑誌やNHKでも特集され今や多くの人がしるところとなっている。 

奈良・春日大社の社家であった初代が大悲山「峰定寺」の再興に共鳴帰依し、峰定寺の宿坊として建てたのが始まりとされ、その後、三代目当主 中東吉次が、昭和35年に宿坊を料理旅館に増改築し屋号を「美山荘」とした。 

都の風雅と山里の野趣を出会わせた格別の空間は、中村外二改装の数寄屋造りである。 

美山荘には20年近く前、はじめて昼食に訪れた。その素晴らしい味、演出、雰囲気に魅了されてしまい急ではあったがその夜の宿をお願いした。ご迷惑だったろうが我儘な客の要望を快くきいてくださった。ただし数室しかない客室はいっぱいだから、食事をいただいたこの広間でよかったらということだった。 

その広間の襖には、清水公照師が思いのままに鶴や松を描いておられたのだった。 

晩春の夜、師の画に囲まれながら雨戸を少し開けてみると、遅咲きの山桜が月光に照らされハラハラと散っていた。あまりの美しさに言葉もなかった思い出の一夜である。 

「徳不孤」に戻る。 

本当に徳のある人は孤立することは無い。高潔な人や謹厳実直な人はとかく近寄りがたく敬遠されがちなこともあるが、如何に高潔で近寄りがたいと言っても真に徳さえあれば必ず人は理解し、その徳を慕い教えを請う支持するよき隣人たちが集まって来るものである。 

陰徳陽報ということばがあるが人の嫌がることや、避けることを喜んでする陰徳の行を修めることによって、自ずから身に光は備わり徳は高まり、人々は慕い集ってきて孤にしてはおかないものだという。 

はい、孤独な老人にならないために、肝に銘じておこう。 

政治の世界に「徳不孤」は存在するのか?渦中の総裁選やいかに。