陶器・磁器
河井寛次郎 陶器・磁器/民藝陶器 花繪扁壺の買取実績
当社ホームページを検索いただき、南都留郡忍野村のお客様より
お電話で査定の御依頼を頂きました。 内容を確認し、当日中に御自宅迄伺いました。
査定のポイント
ご趣味で収集された河井寛次郎本人作の花瓶(扁壺)「花繪扁壺」がございました。
民藝の精神を体現した重厚なフォルムに、寛次郎ならではの伸びやかな筆致で
花模様が描かれた大変力強いお品物です。
晩年の作品に見られる無銘の作品でしたが、共箱(識箱)など付属品も
揃っておりましたので目一杯ご提示致しました。
●河井寛次郎≪かわいかんじろう≫
1890年 島根県安来市の大工の家に生まれる。 松江中学校を卒業後、東京高等工業学校(現・東京工業大学)窯業科に入学。 同校の後輩である濱田庄司と出会い、生涯の親友となる。 卒業後は京都市陶磁器試験場に入所し、釉薬の研究に没頭する。 初期は中国古陶磁の技法を駆使した精緻な作品で注目を浴びるが、それに疑問を抱き方向転換する。 1926年、柳宗悦、濱田庄司らと共に「日本民藝美術館設立趣意書」を発表。 「民藝運動」の中心的メンバーとなり、実用の中に美を見出す「用即美」の精神を追求した。 戦後は、土と釉薬の可能性を極めた独創的で造形的な作品(泥像など)も多く残す。 1955年に人間国宝、後に文化勲章への推薦も受けたが、 「名利を求めず」という信念からこれらを全て辞退し、一陶工として生涯を貫いた。 また、陶芸だけでなく、木彫や書、随筆など多岐にわたる分野で才能を発揮した。 1966年11月 死去
鑑定士より一言
河井寛次郎や濱田庄司、バーナード・リーチ など民藝作家を
ご趣味で収集された想い入れのあるお品物でございました。
お客様の大切なお品物は弊社が 責任を持って次世代へと
橋渡しさせて頂きます。
この度はご縁を頂きまして有難うございました。





