洋画
相原求一朗 洋画/絵画 陶器 漆器の買取実績
絵画のご相談でインターネットよりご連絡をいただき、後日出張査定で訪問させていただきました。
長年収集されてきた絵画を一部を除き整理されたいとの事で、すべての作品をしっかりと拝見しご縁をいただくことができました。
査定のポイント
絵画作品で相原求一朗の油彩画があり、こちらは作者とも親交があったようで高値での査定提示となりました。
当作者は市場での流通が極めて少なく市場評価も高く、現在も高値で取り引きされている作家です。
同じ構図の作品を複数描くことがほとんどなく、大半の作品は一点ものとなり、希少性も高いことからあまり作品を見かけることがありません。
●相原求一朗
1918年 埼玉県川越町(現・川越市)に生まれる。父・茂吉、母・よし。本名は相原久太郎
1936年 川越商業学校卒業。商業学校の商業美術担当教師から油彩を学んで東京美術学校進学を志すが、父親の逆鱗に触れ、家業を継いだ。
1940年 21歳で兵役に就き、第二次世界大戦中は旧満州やフィリピンを転戦。
1944年 フィリピンからの帰還途中、搭乗した飛行機が沖縄沖に墜落。重傷を負って漂流していたところを救出される。
1948年 仕事の関係で大国章夫に出会い、抑えていた絵画熱が再燃。同年、猪熊弦一郎に師事する。
1950年 「白いビル」で新制作展初入選。
1961年 北海道に写生旅行に出かける。満州での体験を甦らせ、自身の原風景を発見する。
1963年 「原野」「ノサップ」で第27回新制作協会展新作家賞受賞。
1968年 新制作協会会員になる。
1974年 第1回東京国際具象絵画ビエンナーレ招待出品。
1996年 北海道河西郡中札内村の中札内美術村に相原求一朗美術館開館
1999年 死去
鑑定士より一言
ご依頼いただいた方はご高齢でこれから先、どなたか大切にしてくださる方に渡って欲しいとのことで、しっかりと次の方へ橋渡しさせていただきます。
この度はご利用ありがとうございました。