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ぼ・ぼ・ぼくは戦争はよっ、よくないと思うんだな 裸の大将/山下清/長岡の花火・東海道五十三次

●裸の大将
「野に咲く 花のように 風に吹かれて~・・・」という歌、それと芦屋雁之助とドランクドラゴン・塚地武雄。これらの関係を理解できるのは昭和に生まれの方だけであろう。歌は主題歌、あとの両者ともかつて「裸の大将放浪記」というテレビ番組で画家・山下清役を演じた方である。今や、この二人によって山下清という画家のイメージは作られているといっても過言ではない。どういう姿かというと、ランニングシャツにリュック、手には好物のおにぎりという姿である。ただし、実際の山下はこうした姿でいたことはないそうである。今年は山下の生誕百年である。また、亡くなってから昨年が50年である。
死後50年を経過して、今も見る人々をなごませる山下の作品の魅力は何であろうか。

●山下画伯誕生
山下清は1922年、東京・浅草で生まれた。生まれた時は大橋の姓であった。まもなく関東大震災が発生し、住居が消失すると、両親ともに新潟県に移住している。新潟で三歳を迎えた時、重度の消化不良から重体になる。一命はとりとめたものの、この際に言語障害・知的障害に罹ったという。
その後、山下に波乱の人生が始まることになる。10歳の時に実父が他界、母親は再婚するものの、養父の暴力から逃れるために、母子で家を出て、最終的に山下は千葉県の八幡学園という知的障がい児施設に預けられた。1935年、山下13歳の時である。
しかし、山下の人生において、この八幡学園が画才の発掘に功を奏する。園での生活で指導されたちぎり紙細工に山下没頭し、大人が目を見張るような秀作を作り出した。さらに精神病理学者・式場隆三郎の指導により、作品に磨きがかかる。早稲田大学で開催された学園児童たちの作品展に出品されていた山下の作品に東京・銀座の画廊が注目し、1938年、わずか16歳で個展開催となった。
翌年には、大阪での個展が開催され、梅原龍三郎の眼にとまり、「ゴッホ、ルソーの水準」と山下の作品を評価したという。
その後、1940年に突如として学園を脱走した。一時、学園に連れ戻されることもあったが、1955年までの約15年間に渡り放浪の旅を続けている。
特に第二次世界大戦後の放浪中には、「日本のゴッホ」として知られるようになり、山下本人であることがわかると旅先でも歓待を受けた。1956年には全国の巡回展が130回ほど開催され、さらに人気を上げている。
晩年は「東海道五十三次」のテーマに取組み、五年がかりで完成させている。
この間、高血圧による眼底出血が1968年に発症、1971年に脳出血で死去。49年の短い生涯となった。

●「長岡の花火」
山下の作品は、大きくはちぎり絵/貼り絵とペン画の二つである。さらには陶磁器に絵付けをした作品が知られている。
ちぎり絵は色紙を細かく手で刻んだものを紙に貼って製作している。有名な作品は「長岡の花火」である。山下が28歳のときに製作されたもので、最高傑作と称される作品である。山下が眺めて感動した新潟県長岡市の花火大会で、その風景を再現した作品で、花火、夜空、そして眺める人々まで細かく製作されている。この作品は現在、どこにあるか? 実は新潟県在住の花火師の元にあるという。そしてその花火師は打ち上げの現場にふらりと現れた山下を見かけ、「危ないからはなれなさい」と言ったらしいが、その時は山下とは判らず、新聞の写真で山下であったと後に語っている。その後、ある個展会場で展示されている「長岡の花火」を偶然発見し、数回会場に足を運び、ついにその作品を購入したという。

●「東海道五十三次」
晩年、そして最後の作品が「東海道五十三次」である。恐らく、最終的にはちぎり絵/貼り絵として完成を望んでいた思われるが、五年にわたる原画製作中に上記、眼底出血と脳出血に見舞われたため、現存する作品はペン画であり、それを版画に製作しなおしたものが三セットだという。生存中には最後の三枚は書かれていないと思われていたが、死後山下の部屋から見つかったことで、「東海道五十三次」の原画は完成されていたものだとわかったのである。
そして、この「東海道五十三次」で多用されている技法は点描である。点の大小およびその密度によって描くという根気のいる作業を延々と行っていたのである。たしかに五年という時間がここに詰まっている。

●山下と戦争
山下は戦争を嫌った。徴兵制度のある戦前で兵役時代が怖かったということもあるだろうが、山下なりの反戦意識があったようだ。「爆弾など作らず、花火を作っていたら戦争はおこらなかった」とか、「日本だましいがあるから、戦争に勝てるというのはうそ。戦争の道具のいいのを持っている国にはかなわない」と山下は語った。戦争の本質を付いた言葉である。戦後、ちぎり絵で戦争を描いた作品も残している。山下なりの反戦活動である。現在のウクライナ情勢をあの世から眺めている山下は、こうつぶやいているだろう。
「ぼ・ぼ・ぼくは戦争はよっ、よくないと思うんだな」