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自傷、そして自死 鴨居玲/鴨居羊子・石川県立美術館・宮本三郎

●スカーレット・荒木さだのモデル

2019年後期・NHK連続テレビ小説「スカーレット」は女性陶芸家のストーリーであった。劇中で主人公・川原喜美子が陶芸家になる前、大阪で女中として働いた場所が下宿「荒木荘」という設定だった。その下宿のオーナー兼女性下着のデザイナーとして荒木さだという女性経営者が登場している。この荒木には実在のモデルがあり、その名前は鴨居羊子という。羊子は1925年生まれで、新聞記者として働いた退職金を元手に、1958年に日本初の女性下着専門の製造販売を開始した。当時としては斬新なデザインと色使いで人気を博したデザイナーであり、経営者であった。その会社は「TUNIC」という社名であり、現在も存続している企業である。羊子は執筆活動、画家、人形制作にも取り組んでいた才気活発な女性であった。そして、その羊子には三歳年下の弟がいる。その弟こそ、洋画家として知られている鴨居玲だった。

●鴨居玲とは

鴨居玲は1928年、石川県出身の洋画家である。出身地の石川県立美術館では鴨居の命日となる9月7日前後に、毎年作品展が開催されている。

地元、金沢で宮本三郎に師事した。二紀会で活動するも、海外に渡り製作することが度々あった。この間1969年、安井賞を受賞し注目されるようになったが、1982年に持病の狭心症の発作が起こる。医師からは入院を勧められるも、個展直前のことから入院を拒み、作品の完成後に入院した。以降、死と隣り合わせの人生が始まったのである。

もともと鴨居は無類の酒好きとしても知られ、酔った勢いで友人を喧嘩し、絶縁状態になることも多かったという。そして孤独と向き合うことが多くなる。そして、大量の睡眠薬とアルコールで半ば自殺未遂のような自傷行為を繰り返す。鴨居を撮り続けた写真家で恋人の富山栄美子は、この行為を「二泊三日の大騒ぎ」と呼んだ。ついには1985年9月7日、自家用車に排気ガスを引き込んでの自死に至る。司法解剖では、急性アルコール中毒と思える大量のアルコールが体内から検出されたらしい。これは自傷の延長として弱った心臓が災いして死に至ったという見方をする人がいる。しかし、富山によると、後にわかったことだが、すでに鴨居はがんに罹っており、絵を描く体力が失せていたからであろう、と語った。

死後、鴨居の残された神戸の画室には、赤い背景に赤い服を着た自画像がイーゼルに掛けられたまま残されていた。実は同じような人物と色彩で「出を待つ道化師」という作品があるが、遺作は自画像と判断されている。

●鴨居玲の作品

今年、編集子は石川県立美術館で鴨居の作品展をみた。かつて「美の巨人たち」というテレビ番組で見た鴨居の作品で、自分を描いたという「1982年 私」の作品実物が目の前にあった。キャンバスに向かう画家である自分の姿とその周りには死人ともとれる、老人、老兵、ピエロなどの姿がある。こられの人は鴨居が過去に作品で描いた人物であるという。陰鬱な作品である印象はテレビでみたままである。

鴨居の作品にはなんと障子一対に書かれた作品がある。無茶色い絵具を使用して墨絵のように描かれた作品である。実際に鴨居の寝室にあった一対の障子であり、左側には首を吊った死人の姿を、右側には生首を描いてある。その顔を見ると、鴨居自身であることは容易に想像がつく。死に対する恐れではなく、願望を描いた作品で、これも絶筆である。

もう一つ印象的な自画像は、自分の顔を持つ自画像。頭部はのっぺらぼうのようになにも描かれていない。そして、手にした顔は鴨居そのままである。

さらにジャケットを着た自画像では、ポケットに丸いバッジのようなものを4つほどつけている。これはビールの王冠である。自分の酔った姿を描いた作品である。

こうした鴨居の姿をいわゆる躁うつ病と推定する人がいる。その病名が正しい鴨居の精神状態かどうかは判断できないが、精神状態が作品に現れることはある。いずれも、鴨居の持病である狭心症の発作や富山の言うがんの罹患によって、死がすぐそばにいるようになってしまった自分の姿を描いた作品である。そして、鴨居のアトリエには自分の姿を映すための大きな鏡がイーゼルの向こう側には置かれていたのであった。