日本の空気感漂う陶磁器・板谷波山/重要文化財・珍葆光彩磁菓文花瓶/出光佐三
●近代陶芸作品の重要文化財
2002年、明治から昭和時代に活躍した陶芸家の二作品が重要文化財に指定された。一つは横浜焼・初代宮川香山の作品「褐釉蟹貼付台付鉢」、そしてもう一つは板谷波山作「葆光彩磁珍果文花瓶」である。明治時代以降、近代に製作された重要文化財で陶芸作品としての指定はこの二品が初である。今年は板谷波山の生誕150年である。今回は、波山の生涯を振り返る。
●板谷波山とは
1872年、板谷波山は本名・板谷嘉七として現在の茨城県下館市で生まれている。茨城県の代表的な山として知られる筑波山を仰ぎ見る土地で生まれており、のちに波山という号を使用するが、この号は筑波山の後ろ二文字を使用している。実家は醤油製造業で、父親は地元では文化人として知られていたという。幼いころから芸術に親しんだ波山は東京美術学校で彫刻を学んだ。卒業後は、彫刻の美術講師として石川県に在住したが、彫刻科が廃止されることで、運命的な陶芸との出会いが生まれる。この講師時代に陶芸に没頭することになり、1908年、本格的に陶芸に打ち込むことになり、東京の田端に移住し、窯を築いた。
使用していた窯は上から見ると円形で、三方向から薪の焚口がある特殊なものであった。当初は焼成に失敗し、焼成後の作品の品質に神経をとがらした結果、収入となる作品が非常に少なかった。
しかし、1908年の入賞以来、数々の賞を得るようになり、1934年には帝国技術員の指定を受けるまでになっている。戦後1953年に文化勲章を受けたが、1960年の重要無形文化財/人間国宝指定は辞退した。そして1964年に93歳で逝去している。
●波山作品について
波山の作品は絵付けのない白磁・青磁と彩磁/釉下彩という色絵作品が製作されている。当初は自らロクロを挽いて成形することがあったが、のちには有田と九谷からロクロ師を呼び寄せ、波山自らは加飾と釉薬の調合、焼成に注力している。
彩磁自体は波山が開発したものではない。波山の彩磁には器体表面に彫刻がしてあり、それに応じた加色を行っている。それはまさに東京美術学校で学んだ彫刻が生きた仕事となって表れたものである。
先に述べたように彩磁自体は波山だけが行っている技法ではないが、波山は彩磁を独自のものとするべく、釉薬の開発に力を入れた。それは最初に紹介した「葆光彩磁珍果文花瓶」に使用されている釉薬・保光釉にある。保光釉は白く鈍く光る白マットの釉薬であるが、釉下彩が透けて見える絶妙な透明感に特徴がある。通常の彩磁作品では透明釉を用いるため光沢のある仕上がりを見せる。これは西洋的な作品である。しかし、保光釉を使用することによって、日本の多湿な空気感が漂う日本独自の作品として完成されるのである。また、波山の作品には余白の少ない作品があるが、その余白さえ線刻を入れて、素地の変化に工夫を見せるなどしている。
また、波山は中国陶磁の研究にも尽力し、自らは龍耳を左右に持つ砧青磁の形状をした花入を終生製作し、青磁釉のほかさまざまな釉薬でその変化を試みていた。
●波山を支えた三人
波山の成功は彼一人で成しえたものでない。波山の作陶を支援した人物が三人いる。
まずは何といっても、波山夫人・まるの存在である。作陶を始めた当初、子供がすでに生まれていたが、清貧を極めていた。初窯では薪が不足して、木製の雨戸を破壊して薪の代用としたようである。作品が売れ出す前、収入もないため、生活のやりくりは夫人の役割であった。こうした様子は、波山の半生を描いた2004年に公開の映画「HAZAN」でも描かれている。
二人目は、「海賊といわれた男」こと、出光佐三である。言わずと知れた、日本の石油王であり、出光興産の創業者である。美術品に関心があり、生涯にわたり美術品の蒐集をつづけた出光は、波山の作品を多数買い求めた。それは波山の作陶における経済的支援としては多大な役割をもったことは事実である。いわば芸術家のパトロンという役割を出光は波山に対して生涯続けた。通常、波山は納得のいかない作品は、焼成後に破壊しつくしていたが、出光のもとにはその破壊をまぬかれた茶碗がある。波山により失敗作として破壊されかけた茶碗を出光が引き取ったもので、通常だれにも譲らないものであるが、出光のもとにはそれが残ったという。これは「命乞い」という真紅の辰砂の茶碗であった。
三人目は、波山の許に来た二番目のロクロ師で、現田市松という。波山の求めに応じて自在に成形した信頼できるロクロ師であった。波山を晩年まで支えた市松であったが、波山の亡くなる1963年10月に先立ち、新春に交通事故で逝去した。市松の死は波山にとって精神的に打撃を与えたようで、波山は病気となり市松を追うように亡くなっている。
現在、東京・出光美術館では生誕150年を記念展が開催されている。そして各地でも波山の作品展が開かれるであろう。神々しいとも称される波山の作品を見て、感じてもらいたいものである。
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